川崎弘作「北斗」について(2)

川崎弘作「北斗」は、1986年(昭和61年)に出版された作品集で、随筆・論文集が多数のページを占めるのが特徴だ。
「川崎弘」の名も、「理論家」「不利感作品」の肩書も、有名だったが、実際の随筆・論文集は本書で読んだ。
その中に「ペンネーム分類学」もあるが、川崎氏自身もペンネームを使っていたようだ。その一つが「藤尾慶一」であり、1970年代にその名で詰パラ誌の詰棋校・高校の担当を行っていた。
ある日に突然に川崎氏から手紙が届いて驚いた、それは私が高校に投稿した作品に余詰がないのかを確認する内容だった。
「川崎=藤尾=担当者」を知らなかったので、内容を読んで初めて事情を知った訳だった。
当時は柿木将棋はなく、盤面を追い回す余詰筋の検討と確認は難しかった。
作者としては気ずいていなかった筋であり、調べるのに多くの時間がかかった。

当時の詰パラの一次検討者は、奇想天外氏=玉出蘭堂でありその検討力は強力で、投稿作のほとんどはそこで不完全指摘で返送されていた、その仕組みは初心者には非常にありがたく、新人が出やすかったと思う。
しかし、その一次検討者の仕事は大変だった筈だ。
その後に天外氏の死去の後には、一時期に川崎氏が一次検討者になっていた事もある、あいかわらず不完全の多い私は検討者の指摘に川崎氏の名前を度々見ていた。
柿木将棋等が普及して使用されても、かなりの期間は検討者が判断する期間が長くあった。

川崎氏とは全国大会や創棋会で直接に出会った。
川崎氏が持っていた「北斗」は、いわゆるカードカバー本であり、一般販売のソフトカバーの本とは異なり、作者用の特別の装丁だと聞いた。
後日に別の創棋会の人から、「北斗」以外の本でも、似た様なカードカバー本=特別の装丁の本を少数作る事があると聞いた。
ある大会で川崎氏が詰将棋を出題して、その流れでその作者用の特別の装丁本を商品にすると言った時には驚いた、たぶん複数冊を保有していたのだろうとは思う。

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川崎弘作「北斗:第50番」:あぶり出し曲詰「アルファベット:マ」
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作意:53銀不成・74玉・83銀・65玉・66歩・56玉・57金・55玉・82馬・73桂合・同馬・同香・67桂・54玉・43飛成・同金・同銀不成・同角・44金・63玉・55桂 まで21手
詰上り図
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岡田敏作「群流:第88番」「図形・麻雀・五索」
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作意:52竜(A)・同銀・42歩・同金・同銀成・同玉・32金・43玉・53歩成・同銀・同香成・同玉・59飛・56桂合・同飛・同桂・54銀(B)・64玉・76桂・同と・55竜・同玉・46銀・64玉・55銀・同玉・37角 まで27手
(A)42歩以下余詰。
(B)62銀以下余詰。
詰上り図
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第1347番は、「詰図の舞」「図形・矢印(下方向)」だ。
第1351番は、「詰図の舞」「図形・矢印(横方向)」だ。
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第1351番「詰図の舞」「図形・矢印(横方向)」
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作意は、 2026/05/10 へ
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2026/03/23 の作意

第1347番:「詰図の舞」「図形・矢印(下方向)」
作意:54銀成・同歩・56金・44玉・45金・同銀・53馬・55玉・66銀左・同歩・75飛成・65金合・同竜・同玉・75と・55玉・65金 まで17手
詰上り図
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